白詰草の花冠

過去の文章を残そうと思いました。全部過去になるからね。

かかと 扇風機 麦茶

私は自宅のパソコン画面をぼんやりと見つめていた。なにかしら考えていた。椅子の上にあげた、右のかかとをずりずりと左の手の平で無意識にころがしながら、私宛てに送られてきた、その「語」を眺めていた。
どうしたものか…

わたしたちは、ネットで繋がっているコミュニティのうちのひとつである。
毎月2日に、その「語」が送られてくる。
3つの「語」。それらを使ってわたしたちは、なにかしら描く。
わたしたち、と言ってもわたしたちがどんなだか、わたしたちは知らない。何人いて、どんな風体で、何を好み、何を生きているのか。
つまり、わたしたちは「わたしたち」でしかなくて、その内容をよく知らない。

…知らぬまにざらついたかかとのあたりに溜まっていた視線を、再び画面にそそぐ。
送られてきた、その「語」を、緩慢な指でカタ、カタカタ、カタ、と反復する。

 かかと
 扇風機
 麦茶

    かかと、
    扇風機、
    麦茶、


この語を選ぶのはわたしたちだ。だけど、今回は私ではなかった。
マウスの奥においた汗をかいたグラス。そこに入っている麦茶を口の中でころがす。
とけ残りの小さな氷が、犬歯にあたって、カチっと音を遺して消える。
グラスの中には、まだある程度の大きさを持った氷がいくつか泳いでいた。
そいつを口に含んで、奥歯できゅうっと潰す。きゅうきゅう呻きながら、そいつは、小さく萎んでいく。

ガリ

萎みきるまえに、そいつは割れてしまった。そして、かみくだくまえに、消えてしまった。
奥歯に優しい冷たさだけが遺される。この、冷たさも、すぐに消えてしまうのかな。
この奥歯にのこされた温度、この犬歯にのこされた音。この手の平にのこされた、かかとのざらつき。
わたしたちはわたしたちの感触を確かめ合う。
わたしたちが何者かは知らない。幾度となく繰り返される月に一回の文字を遺す作業。
消えていく、うもれていく3つの語。
わたしたちは確かめ合う。だれとも知れないわたしたち。

と、いきなりパソコンの電源が落ちた。背筋にあたる強めの風も勢いをなくし、カタ、カタカタ、と渇いた音を遺して止まった。
また、祖父が部屋でクーラーと扇風機2機をつけたまま、テレビを見、電気ケトルを使い、暑いキッチンで祖母が料理に精を出していたのだろう。ブレーカーが落ちたのだ。祖母の拗ねた顔が目に浮かぶ。祖父がブレーカーをなおしに席を立つ音がする。いつも通り、少し手こずるのだろう。

クーラーのない私の部屋は、風がないのは正直つらい。窓をあけに、パソコンから離れる。錆びてかたくなった鍵を手の平で叩きながらゆする。窓をあける。
網戸の隙間を通って、申し訳程度の風がささやかにカーテンを揺らす。
風はたえず吹きつづけていたのだ。

白い空に浮かび上がる、電線の黒い筋を目で追っていると、しばらくしてブゥン…と音をたてて、また強い風が吹きはじめた。