白詰草の花冠

過去の文章を残そうと思いました。全部過去になるからね。

先輩

布団に潜って嗚咽した翌日、火曜の夜、友人と金山ブラジルコーヒーで会う。

色々と話したいことがあったので、丁度良かった…と思いながら向かっていると「今日はもう一人いる」と連絡が入る。(話しづらいな…おあずけだな…)などと肩を落とす。現場に到着すると、そこにいたのは友人1人で、しめしめ…といろいろを話す。私が悩んだりしていることって言葉にすると全然い短くて、私の気持ちを表出させるには文字数が足りない。もっと台詞をくれ。

ひとしきり話し終えて、やっぱり言葉と気持ちをリンクさせるのは難しいな…などと感じているともう1人のゲストがやってきた。

大学時代、大いに憧れていた先輩だった。私は先輩を前にすると、自分が何を話したらいいのか分からなくなる。何を言っても無駄に思えてしまうのだ。憧れが大きすぎて。

先輩のことが大好きだった頃に言われてショックを受けた言葉があるんだけど、確か漫画 BLEACH からの引用で、「憧れは理解からは程遠い」みたいな愛染隊長?が言っていた台詞だったと思う。この日、より鮮明にその言葉を思い出すことになった。

言われた時は、(そんなことないよ!憧れてるぶん分かることたくさんあるよ!)と反発する気持ちもあったが、今となっては(その通り……)としか言いようがない。

久しぶりに会う先輩は、大変な状況の中にあって、それは逃れようのないことで、ひどく弱っていた。どうしてこんなにまっすぐで一生懸命な人がこんな状況に置かれなければならないのか、と思った。どんな風に生きても、避けようのないことだから、こう考えてしまうのは適切ではない。先輩がこれまで作ったお芝居たちが脳裏を過った。

先輩が話をしている間、私は1つも正解の言葉が見つからなくて(正解の言葉なんてないんだけど)相槌すらろくに打てなかった。私が反応していいか分からなかったから。

先輩が話している間、わたしは映画を見ているみたいだった。1枚スクリーンを挟んでいるようで、この会話を邪魔しないことが私の役割だとさえ感じた。実際それは、間違っていなかったと思う。音を立てないように、煮干しを食べ、牛乳を飲む。できるだけ、目立たないように。気を使わせないように。あくまで自然に……うまくできていただろうか。分からない。(途中で、店主が「コミュニケーション」と言って水を足しにきたところに深い優しさを感じた)

笑っていいのか、泣いていいのか、うなづいていいのか全然分からなかった。自分がこれまで、惰性で、正解の反応ばかりを自分に求め、そうしてきたことを認識し、恥じた。そういうところが私にはある。よくない。

先輩が落ち着いて、そのあと少しだけ先輩以外の話をして、店を出た。改札の前でしばらくしゃべる。立っているからか、少し発話しやすい。今の先輩の置かれた状況に対して私は何も言うことができない。同情も励ましも、何かアイディアのようなことも、口にしたところで全部うすっぺらになってしまうだろうし、それは違う気がした。私が私に許せる発話はこの中にはなかった。

私が本当の気持ちでいえる本当のことは、先輩のお芝居が私にとってどれだけ価値があったか、どれだけ私を支えてくれて、私に影響を与えたか、そのことにどれほど感謝しているかということだけだった。何の疑いもないほんとのことが何か1つあるだけで、すごいことだと思う。言葉と声と気持ちがちゃんと噛み合って、そういうとき、きれいに(美しいという意味ではない)感情が出るからなのか、涙が押し出されてきてしまう。これは私の本当の言葉だ、本当の気持ちだ、と思えた。

だけどそれは先輩に向けた言葉・気持ちであって、私が悦に浸るためのものではない。何か別のことに利用してしまってはいけない言葉だとも思った。絶対にそうしたくない。丁寧に切り離して、何かに埋もれないように、その瞬間とその後しばらくの間だけでも、独立した言葉であって欲しいと願った。