白詰草の花冠

過去の文章を残そうと思いました。全部過去になるからね。

なんにもならない話

 Twitterで、ねずみホイホイってあるんだね、というツイートをみて、めちゃくちゃ悲しかった日のことを思い出した。

 

夜、きゅうきゅうと音がしていた。音の出所を調べると、そこにはゴキブリホイホイがあって、中には小さくて白いネズミがいた。しばらく鳴いたあと、静かになる。それを何度も繰り返していた。あんまり必死な声で鳴くので、つらくて仕方なかった。

インターネット検索を使って、ゴキブリホイホイからネズミを逃がす方法を探す。どうやら、ベビーオイルを使えば剥がせるらしい。油分が、粘着剤を溶かして(?)くれるらしい。ほっとした。その時、私は、当然のように、母もこのネズミを気の毒に思って、できるなら助けてあげたいと思っているのだと思っていた。

助ける方法を伝えると、渋い顔をしていた。「やめてよ」と言われた。

ネズミの生活は、人間の生活に対して害をなす。ネズミの糞、ネズミの声、衛生面にも精神面にも影響を及ぼすことが、これもインターネット検索で分かった。自分が考えていたよりも深刻な影響があるようで少し驚いた。

それでも、悲しそうに聞こえる声をこのままにしておくのは、私の心が耐えられなかった。どうして、悲しそうだと感じてしまうんだろう。少しずつ声が弱くなっていっていくのも堪えた。いっそ、息絶えてしまえば、間に合わなかった、仕方なかったと思えるのに、とも思った。ネズミはまだ生きていた。助ける方法を知ってからの時間が長くなっていくにしたがって、どんどん辛くなっていった。自分の生活だけでもつらいのに。他のことに構っている余裕なんて全然ないのに。みんな私の知らないところで元気でいてよ。

そのあと、やっぱり耐えられなくて、昔無印で買ったオイルとゴキブリホイホイを持って外にでた。寒かった。油を垂らしながら、粘着剤をとっていく。ネズミはもう十分弱っていた。でも温度があって、呼吸も拍動もあって、触れられたことそのものに喜びがあった。粘着剤が毛に絡んでしまっていて、なかなか取れない。強く押せばつぶれてしまいそうで、生き物の扱いは難しい。オイルを垂らしながら、毛をなでるようにほどいていく。オイル、効果ある…!少し希望が見えてきた。同時に、こんなに弱って、油まみれで、ここから逃れたところで、どう生きたらいいのか、とも思った。

ちょっと待ってね、あと少しだからね、と毛をほどく作業をすすめているうちに、ネズミが体をねじった拍子に、溜まったオイルがネズミの口にずるずると入ってしまった。焦ってオイルを使いすぎてしまった。手の中でまだネズミは生きている。誰にも相談できなかった。私はなんのために、こんなまっくらで寒い中、こんなことをしているんだろう。ネズミがきゅうきゅう鳴いている。よかった、まだ声がでる。でも、少しずつネズミの動きは緩慢になっていって、あっという間にぐったりと力を失ってしまった。ああ、もう間に合わないんだ、どうしようもないんだと思った。

私が何もしなくても、この子は死んでしまったし、私がオイルを垂らしたから、この子は死んでしまったし、なんだかぐちゃぐちゃな気持ちで、自分が遠かった。

せめて、粘着剤をはがしてから土葬しようと思ったけど、これ以上オイルまみれにすることが良いことなのかも分からなかったし、きれいに剥がせるまでの道のりは遠く思えた。何より、もう頑張れなかった。脱力してしまった。

力の入らない手で木の根元をゆっくり掘った。ぼんやりしていたので、思いがけず深い窪みになった。そこへネズミを寝かせようとしたけれど、粘着剤の付いた台座が邪魔をする。なんで?腹が立った。悲しかった。少し穴を広げて、台座を折り曲げて、土に沈めた。

 

いつものことですが、この話にオチはない。そうでした、というだけの話。